認知症の程度による相続手続きへの影響を解説

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相続が発生したとき、「生前、被相続人は認知症だったのに、遺言書を書くことができたのだろうか?」「相続人が認知症になっていても遺産分割協議はできるのだろうか?」などという疑問を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

被相続人・相続人が認知症になった場合は、少なからず相続手続きに影響が出る可能性もありますが、認知症の程度によって影響は異なります。

この記事では、被相続人・相続人が認知症になった場合のリスク、認知症の程度による違い、事前の相続対策の必要性などについて解説します。

被相続人・相続人が認知症になった場合の相続への影響

被相続人が遺言書を作成するとき、相続人が遺産分割協議に参加し話し合いをするとき、当人に「判断能力(意思能力)」が必要となります

判断能力とは、たとえば「Aという行為をすれば、Bという結果になる」と、自分自身で理解ができる能力を指します。

被相続人・相続人が相続に関する行為をしたとき、既に認知症となっていたケースもあることでしょう。

判断能力が疑わしい場合、他の相続人から「(被相続人または相続人の)当該行為は無効である」と主張される事態が想定されます。

裁判で被相続人または相続人の判断能力が争われ、行為当時に判断能力が欠如していたと認められた場合、無効判決が言い渡され、相続手続きはやり直しとなる可能性もあります。

被相続人が認知症になった場合

被相続人が認知症となっても相続人間で遺産を法定相続したり、遺産分割協議をしたりするとき、相続手続きにほとんど影響はありません。

しかし、被相続人が認知症となったタイミングによっては、遺言書や生前贈与等の有効性に疑問が生じる場合もあります。

(1)遺言書等は無効になる可能性が高い

遺言作成時や生前贈与時に被相続人の認知症が進んでいた場合、当該行為は無効になる可能性が高いです

遺言は被相続人(遺言者)が誰に遺贈するかを決める意思表示で、生前贈与は被相続人が生存中に親族等へ財産を贈与する方法です。

いずれの場合も被相続人に判断能力がなければ、相続人から無効を主張される事態も想定されます。

たとえば、被相続人が認知症により、うまく文章の作成すらできない状態だったにもかかわらず、極めて複雑で詳細な自筆証書遺言が作成されていたとしましょう。

このケースでは、「被相続人本人が作成しなければならない自筆証書遺言を、第三者が作成したのでは?」と、一部の相続人に疑われるかもしれません。

この場合、被相続人以外の人物による作成を疑う相続人が、裁判所に遺言無効確認請求訴訟を提起する可能性もあるでしょう

(2)軽度認知症なら遺言書等の作成は有効と判断される可能性がある

遺言作成や生前贈与契約時の判断能力の有無は、法律的な見地から判断されます

民法では、遺言者が成年被後見人(認知症等で事理を弁識する能力が欠如している常況にある人)であったとしても、遺言能力を一時的に回復した状態ならば、医師2人の立会いで遺言はできるという規定があります(民法第973条)。

被相続人が軽度の認知症の場合、判断能力が一時的に回復する可能性もあるでしょう。

判断能力が一時的に回復して遺言書を作成する場合、医師の診察を受け診断書も得ておけば、判断能力の有無が争われたとき、判断能力はあったと主張する証拠となります

相続人が認知症になった場合

被相続人によって、遺言内容の通り手続きを進める「遺言執行者」が選任されていれば、相続開始時に相続人が認知症を発症していても、相続手続きは完結する可能性があります

ただし、被相続人が遺言書を作成していないときや、認知症となった相続人を含めた遺産分割が行われるときは、慎重に相続手続きを進めなければいけません。

(1)遺産分割等に参加できない可能性がある

認知症の相続人を除外した遺産分割協議は無効です

なぜなら、遺産分割協議は相続人全員で行う必要があるからです。

ただし、認知症の相続人は協議に参加ができず、このままの状態では全く相続手続きが進まなくなります。

認知症の相続人がいる場合は、成年後見人を選任し、遺産分割協議に参加させなければいけません。

家庭裁判所に対し「後見開始の審判」を申し立て、成年後見人を選任します。

申立人が成年後見人等候補者を指定できますが、成年後見人には相続人以外の親族や士業専門家(弁護士等)を選びましょう。

相続人を候補者に選んでしまうと、家庭裁判所は遺産分割で認知症の相続人と候補者との間に利害関係があると判断し、当該候補者を認めない可能性が高いです

(2)軽度の認知症なら遺産分割協議は可能と判断される場合がある

相続人が軽度の認知症の場合、協議内容・相続人間での取り決めがどのような法律効果をもたらすか判断できるならば、協議に参加が可能となるケースもあります

認知症を発症して判断能力はないと他の相続人から疑われている場合、後々の相続トラブルを避けるため、事前に医師の診断を受け、診断書を取得しておいた方がよいでしょう。

被相続人の認知症のリスクを踏まえた相続対策

被相続人が認知症になったとしても、自分の決めた方法で遺贈を進めたい場合は、事前の準備を済ませておきましょう。

被相続人が備える相続対策として、「公正証書遺言」「家族信託」があげられます。

(1)公正証書遺言を作成しておく

被相続人が「公正証書遺言」を作成していけば、後日、認知症になったとしても、相続人から遺言書の有効性を疑われずに済むことでしょう

公正証書遺言は公証人が被相続人(遺言者)の本人確認をしたうえで、被相続人が遺言内容を口授、公証人が意思確認後に遺言書を作成します。

更に証人2名が立ち会うので形式不備による無効のリスクを軽減できます。

また、原本は公証役場で保管するので、相続人等から遺言書が改ざんされたり、破棄されたりする心配もありません。

高い証明力のある公正証書遺言を作成しておく他、遺言書作成時に判断能力があったと証明するための医師の診断書も取得しておけば安心です。

なお、被相続人自らが作成する自筆証書遺言とは異なり、公正証書遺言の作成は有料となります。公証人手数料は下表の通りです。

目的の価額 手数料
~100万円 5,000円
100万円超~200万円 7,000円
200万円超~500万円 11,000円
500万円超~1,000万円 17,000円
1,000万円超~3,000万円 23,000円
3,000万円超~5,000万円 29,000円
5,000万円超~1億円 43,000円
1億円超~3億円 43,000円+超過額5,000万円ごとに13,000円を加算した金額
3億円超~10億円 95,000円+超過額5,000万円ごとに11,000円を加算した金額
10億円超~ 249,000円+超過額5,000万円ごとに8,000円を加算した金額

(2)家族信託を活用する

認知症となる前に、信頼のおける家族や親族等と「家族信託」を契約するのもよい方法です

家族信託は、委託者(資産を持つ人)が認知症等になった事態を考慮し、その保有する不動産や預貯金のような財産を信頼できる受託者(家族等)に託し、管理・処分を任せる仕組みです。

契約後に委託者が認知症を発症したとしても、受託者が契約に従い、委託者に代わって財産を管理・処分できます。

相続人の認知症のリスクを踏まえた相続対策

相続人の中に認知症を発症した人がいた場合、相続発生後のトラブルを回避するため、被相続人が事前に対策を講じておいた方がよいでしょう

一方、相続人も自分が認知症になるリスクを想定し、代わりに財産を管理・処分する人を選任しておいた方が安心です。

(1)事前に遺言書を作成する

被相続人は相続人の中に認知症の人がおり、相続発生後に手続きが停滞する事態を考慮して、作成した遺言書の中で「遺言執行者」を指定しておきましょう

認知症の相続人がいても、遺言執行者がいれば円滑に相続手続きが進められます。

遺言執行者とは、被相続人の作成した遺言書の内容に従い、故人の意思の実現を図る人です

遺言執行者に遺言書で与えられる権限は多岐にわたります。

具体的には次のような権限を付与されるケースが多いです。

遺言執行者の権限 内容
相続人に関する権限
  • 相続人調査
  • 子どもの認知
  • 相続人廃除・その取り消し
  • 生命保険金受取人変更
相続財産に関する権限
  • 相続財産調査
  • 財産目録の作成
  • 預貯金払戻・分配
  • 不動産の登記申請(※特定財産承継遺言の場合)
  • 自動車の名義変更
  • 株式の名義変更
  • 貸金庫の解錠・解約・取出
  • 寄付 等

相続人は、遺言執行者の執行を妨げてはなりません。

そのため、認知症の相続人の相続分を、他の相続人が不当に横取りするような事態を防止できます。

遺言執行者となる人は未成年者や破産者以外なら、誰でも指定が可能です

そのため、相続人の中からでも信頼できる人を選び、遺言書で指定しても構いません。

ただし、相続人を遺言執行者に指定すると、他の相続人から、遺言執行者となった相続人が遺産を独占しようとしていると疑われたり、相続トラブルに発展したりする事態も想定されることでしょう。

相続トラブルを回避するには、遺言執行者は推定相続人とならない親族や第三者(例:士業専門家・信託銀行等)を指定した方が無難です

(2)相続人の場合も家族信託が可能

相続人自身も認知症になるリスクを考慮し、信頼のおける家族等と家族信託契約を締結しておくのもよい方法です

判断能力のあるうちに契約しておけば、委託者(自分)が認知症となっても、代わりに受託者(家族等)が財産の管理や処分を担当します。

この場合の受託者も、他の相続人とのトラブルを避けるため、推定相続人とはならない人物を選任したほうがよいでしょう。

まとめ

この記事では、被相続人・相続人が認知症になった場合のリスク、認知症の程度による違い、事前の相続対策の必要性などについて解説しました。

被相続人や相続人が認知症であるからといって、遺言書や遺産分割協議が必ず無効となるわけではありません。

万一、被相続人・相続人自身が認知症になり、相続トラブルの発生を避けたいならば、判断能力が十分あるうちに相続対策を行っておきましょう。

相続手続きに関して不明な点があれば、弁護士や行政書士などの専門家に相談し、アドバイスを求めるのもよい方法です。

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